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再び外務省に聞いてみた日本海呼称問題

2012/04/27 12:17

 

外務省にIHO総会関連について本日電話して聞いてみた結果です。取り急ぎ…。

ガンダム
『東京在住のガンダムと申します。IHO総会対応お疲れ様です。いわゆる日本海呼称問題が議論されたというので一国民として関心と懸念を抱いています。質問させていただいてよろしいですか?。』

担当者
『どうぞ。』

ガンダム
『実は前回総会の時もご質問させていただき、韓国の日本海呼称を問題とする次の総会への議案は議案募集の段階で却下されたと回答いただいたがその通りですか?。』

担当者
『その通りです。』

ガンダム
『なぜ議案にならなかったものが論議されたのですか?。』

担当者
『もともとIHOは簡単に言えば海図をつくる会議ですから海図すなわち海洋と海の境界現行第3版に対する第4版の発行に対してなど意見を述べることはできます。』

ガンダム
日本海呼称問題が議論されたのではないのですか?。』

担当者
『もともと日本海呼称を議論するのではなく海図をつくる会議です。』

ガンダム
『韓国の報道で日本が海洋と海の境界第4版発行を促して各国の反対または棄権で却下された云々といったものがありましたが事実ですか?。』

担当者
『会議の内容は非公開ですので回答できません。ただし海洋と海の境界第4版の発行は加盟国の全ての希望です。』

ガンダム
『反対している国があるのですね。それはいくつですか?。』

担当者
『ひとつです。』

ガンダム
『反対の理由は日本海と海図に書くかどうかですか?。』

担当者
『そうです。』

ガンダム
韓国もかなりいろいろ運動をしていましたがIHO加盟国で海図に韓国が主張している東海と書いているのは現在どれくらいの勢力になっているのですか?。』

担当者
韓国だけです。』

ガンダム
『pu\(^O^)/…失礼しました、ところで海洋と海の境界とはなにか拘束力はあるのですか?。』

担当者
『ありません。しかし加盟国同士でその呼称で呼ばないとわからない、ということはあります。』

ガンダム
『海洋と海の境界第4版が出ないと地名が有効でないとかそういったことはありますか?。』

担当者
『誤解が多いようですがなにか変更点があれば新しい版に記載されるわけですでに記載されてある地名は全て公式なものです。』

ガンダム
『一般的な日本海呼称問題についてですが韓国の官民いっしょくたの捏造と民間団体などに対するテロまがいの強迫は許しがたいものがあります。』

担当者
『まったくおっしゃるとおりかと思います。』

ガンダム
『政府だけの努力よりもっと国民を巻き込んで運動すべきではないでしょうか?。みな応援するでしょう。』

担当者
『心強く思います。』

ガンダム
『最後に、今回日本海の単独使用を加盟各国が決定したとの報道が産経新聞その他でなされていますが事実ですか?。』

担当者
『決定したのではありません。問題がなにもないことを確認したということです。』

ガンダム
『回答多謝。』



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日本海呼称問題の書き忘れ

2012/04/26 20:25

 

韓国と日本の同時翻訳掲示板エンジョイコリア、略称エンコリという板がかってネットに存在していました。私は当時gundam02というハンドルネームで出入りしていました。その頃世界の海洋地名を決めるIHOの総会がモナコで行われました。ご存知の方はご存知でしょうが韓国は日本海を彼らの国内呼称である東海(トンへと読む)に改めるべきであるなぜなら日本海はかつて東海と呼ばれていた海を日本軍国主義がさんだつした地名だからだ!、と根拠無根事実無根の主張を90年代から繰り返しています。ちなみに韓国では東シナ海を西海と呼んでいますがそっちにはまったく文句を言っていません。
万が一知らない人もいるかもしれないので書いておきますが日本海は19世紀初頭にロシア海軍が探検航海の結果、日本列島に区切られた太平洋の一部=日本海、という事実を確かめて命名した学術的海洋地名であります。ずっと以前にイエズス会の宣教師マテオリッチなども日本海の呼称を用いましたがそれは日本方面の海程度の意味だったでしょう。しかしこのクルーゼンシュタイン提督が率いたロシアの探検航海によって命名された日本海は確固たる根拠に基づいた地理学的名称であり、地球規模天変地異でも起きないかぎり動かしようがないものです。
さて、韓国はそのすべてにおいて日本と一方的に葛藤する国民感情の国でありましてエンコリという板も反日だけで生きているのかと見える韓国人と迎撃する日本人とで年がら年中言い合いが続いていました。
2007年、前回のIHO総会で韓国の新聞に総会で日本海の呼称がいったん白紙になり呼称は日本と韓国の話し合いで決定で決めるべきといった国際地名の常識からは考えられないような記事が出ました。私はふにおちず外務省の担当部署に電話して事実関係を問い合わせました。問い合わせた結果をエンコリに書いたところ20万アクセスくらいありました。
書いた内容はイザの名人ブロガーご隠居様が保存してくださっています。
内容はこれです。

http://tosi.iza.ne.jp/m/blog/entry/171763/

日付によれば2007年の5月15日あたりですね。たしか外出しなければならない仕事の日で昼休みに外務省に電話して夕方鎌田か大森のマン喫に駆け込んであわてて記事にしてはりつけたのでした。
外務省担当者氏はまったく韓国の相手なんてうんざりやれやれだぜといった感じでしたが応援しかつ気を揉んでいた1人の日本人に丁寧に答えてくれました。
結論として韓国の報道は真っ赤な嘘でした。
2007年に韓国の根拠からして捏造の主張は世界各国から却下されたのです。
ところが今年の今週5年ぶりに開催されたIHO総会でまたまた韓国はこの問題を取り上げてきました。
今晩アップされた産経新聞の記事だと総会決議で日本海単独呼称決定だそうですがどうも私としてはふにおちないのですね。
と、言いますのもご隠居様のブログに記録されている通り、外務省担当者は私に次回総会の議題を議長が募集したときに韓国代表が議案として日本海呼称を提案したが加盟各国により却下されたとあります。
議案却下が議題になるわけがありません。
いったい今回総会でどういった扱いで議論されたのでしょうか?。
前述のように韓国の報道は事実と極端に離れた国内向けプロパガンダですので信ずるに値しません。

ご隠居様が保存してくださっている記事はまたあわてて書いたので肝心なことを書き忘れています。
外務省担当者氏は『この問題は我が国のスタンスとしては問題ではないのです。ないもの、存在しないものなのです。積極的に働きかけるという行為は問題ではないものを問題にしたがっている相手に利するのでやりません。』こうおっしゃっていました。
ところが韓国の報道では日本海単独呼称決議の前に日本代表が問題は問題として作業部会などに譲り海洋の境界第4版の発行を促して却下された…という報道がなされています。
素直に読めば一応当事者としてひとり日本海に異をとなえる韓国に恩情を示しそれを単一呼称による海の安全を求める各国の良識が却下したということになります。
しかし問題とすることをいさぎよしとしなかった従来の外務省の姿勢とは明らかに矛盾します。

謎が多い問題です。

とにかくはっきりしているのはアメリカイギリスも世界の主要国は日本海は日本海である!と単一呼称を支持しています。
いや、それ以上に日本人が自覚しなければならないのはいちゃもんつけられている当事者なので気になりますが世界から見れば問題にもならないつまらないまったく注目されていない問題だということです。
だいたいドイツ中国ベトナムもデンマークも自分等から見て東の海を国内限定で東海と呼んでいるのですから韓国の主張だけ特別扱いする意味がありませんし、もしそれを許したら東海が世界に大量発生します。韓国は勘違いしていますがIHOの任務は世界の海の安全を守ることです。わけのわからない呼称で船乗りを迷わすことではないのです。

しかしこれもまた事実です。相手はオリンピックのメダルやワールドカップの勝利まで盗もうとする実に陰湿な陰謀好きな民族だということです。

この文を書いている時点では海の境界第4版が発行に至ったのかどうかもわかりません。

油断は禁物だと思います。日本の近くには日本に悪意を抱く敵がいる…この事実と日本人は向き合い日本を守る努力を常に続けなければなりません。

とりあえず落ち着いた頃合いにまた外務省に電話してみようと思っています。

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チグリス河口

2012/04/23 18:00

 

イランイスラム革命は国内的には前世紀的権威主義的な帝政が民衆の蜂起によって打倒された政変といえます。ただ特殊なのはその理由でレザー・シャー・パフレヴィー皇帝の政策が反イスラム的であったことに対して民衆が怒ったということでした。事実、民主主義を尺度にしますとパフレヴィー皇帝の政策というのは主権が皇帝にあるという一点以外は十分民主的であったわけで皇帝は社会の近代化と民主化を目指していました。しかし民主化はイスラム的価値観からは冒涜に映る面があり、民衆のそれへの反発に対して皇帝はしばしば秘密警察を用いた弾圧を行ったというのはあります。しかし民主主義的公共の福祉の観点から見れば結果として利益を享受する人間の多さによりパフレヴィー皇帝の政策は否定されなければならない理由はないように思われます。しかしイランでは違っていたわけです。イスラム教に身近に接しなければよくわからないこの独特な情緒によりイランイスラム革命は起こり、ついに皇帝は国外退去を余儀なくされイランイスラム共和国が成立してしまいました。
イスラム共和国、民主主義だけれどもイスラム法シャリーアが直接適用される社会です。シャリーアが適用されると基本的に非イスラム的宗教の自由と女性の権利は否定されてしまうので一般的民主主義の立場からだと民主主義ではないということになってしまいます。イランの場合、被選挙権は万人にあることになっていますが立候補するには聖職者会議の許可がいるのでシーア派の12イマーム派のイスラム教徒以外には事実上政治に参加する権利がないことになります。
国際的に見るとイランイスラム革命は親米政権から反米政権への政変でありました。しかしキューバベトナムと違うのはそこにソ連の影がなかったということです。反米反キリスト教感情を多分にもって行われたイランイスラム革命はさっそくアメリカ大使館人質事件という国際法違反を起こしアメリカや西欧の反発を招きましたがソ連にとってもコントロール不能な脅威として映ったのです。
モスクワ大聖堂を爆破し(現在は再建された)キリスト教を徹底的に弾圧したソ連は版図に組み込んだイスラム教国家でも同様に宗教弾圧をしていたのでイスラム革命の影響は弾圧していた宗教の反撃という恐るべき事態を招き共産党の支配を揺るがすかもしれないとの疑念を抱きました。
また、他のイスラム諸国にとってもイランイスラム革命は歓迎すべからざる出来事でした。イスラム教ではあっても世俗的君主国家や共和制の国の権力側にとってイスラム革命の価値観に基づいた民衆の動きは脅威でした。
実際にサウジアラビアではイランイスラム革命に同調した原理主義勢力によってアルハラムモスク占領事件が起きています。

歓迎すべからざるイランイスラム革命、これに対して挑戦する者が求められていました。さっそく手をあげたのがイラクサダム・フセインでした。
1913年からチグリス河口のフーゼスターン州の帰属をイランと争っていたイラクは1973年一旦はアルジェリアの仲介で締結した和平条約を破棄。革命で国防力が低下したように見えたイランに対して今が好機と攻めかかったのでした。
サダム・フセイン、非常に甘く将来を想定することで数々の失敗をした人物でしたがこの挑戦に対してはソ連フランスアメリカその他の具体的な援助があり、かなりの自信があったと想像できます。
1980年9月、イラクの空爆と地上軍の攻勢で戦争は始まりました。
世にいうイライラ戦争です。
構造的に見ますとイラクはけしてイランに匹敵しうる国ではなくむしろ弱者です。人口はずっと少なく、イスラエルばかりか当時はシリアとの関係も一瞬即発の最悪状態、政権に握るスンニー派アラブ人は社会全体から見れば少数民族で国内にはシーア派イラン人がたくさんいます。クルド民族は反政府活動をしています。
ナポレオンもヒトラーも失敗した2正面作戦を余儀なくされさらに国内では反乱の兆候…普通なら内に治安、外に平和の確立を模索し人心の安定のために産業や福祉に力を入れるべきところですが、それでも戦争してしまったのはサダム・フセインという人物のキャラクターがそうだったからというのが理由の大部分です。とにかく周辺諸国はとりあえずイラクを応援しました。最も応援したのが後にイラクに占領されてしまったクウェートでした!。クウェートにとってイランはアラビア湾を使って石油を輸出するときの脅威になると考えていたのでした。しかし海軍基地まで貸してあげたクウェートでしたがこの時かなり高額な使用料をとったのでフセインはそれを恨んだと言われています。

開戦時は奇襲による電撃戦で懸案のフーゼスターン州を早期に制圧する、という予定だったイラクでしたが予定と現実は極端に違ったものでした。
まず、イラク空軍は極端に貧弱でパイロットの練度は最大2機編隊がようやく作れるレベルと普通の空軍だったらパイロット資格がもらえない水準でした。使用可能な機体はソ連製のミグ21のみでした。ミグ21は小型単発機で後続距離も短く装備積載量も小さくしかも最大2機発進しかできないので先制の空爆が申し訳程度のものになったのは言うまでもありません。ただしパイロットの練度はイランも似たり寄ったりだったのでイライラ戦争を通して空対空戦闘はほとんど起こらず空中戦の犠牲者は少なかったようです。

このような事情の空軍だったのでイライラ戦争の帰趨は結果的に地上戦にゆだねられることになりました。ただででも数なら負けているイラク軍でしたが不穏なシリア国境に背後から寝首をかかれないように相当な戦力を割かねばならず、さらにクルドやシーア派イラン人の反乱も心配なので首都バグダードにも最精鋭部隊を駐留させる必要もありで全力攻勢ははじめから無理でした。

このイラク軍を迎え撃ったイランはイスラム革命の影響はやはり顕著で皇帝派が多いイラン国軍は信用に欠け、主力は民兵組織を母体にする革命防衛隊でした。この点ではイランの軍事組織は国防軍と親衛隊が並立したドイツ第三帝国とよく似ています。数も多く士気も旺盛だけれども素人集団で航空機や戦車などの機械の扱いに疎い革命防衛隊、やる気も忠誠心も疑わしいけど帝政時代に供与された米国製最新兵器F4ファントム戦闘機、F14トムキャット戦闘機、戦闘ヘリコプターコブラなどを保有していた国軍と性格の違う2つの軍事組織がイランには存在していました。
ファントムやコブラは低性能なソ連製兵器しかもたなかったイラク軍には脅威で作戦の遅延につながりましたがイランの米国製兵器はすぐに部品の不足で動けなくなってしまったのでイラク軍はゆっくりとでしたが前進し1981年にはついに多くの犠牲を払ってフーゼスターン州制圧に成功してしまいました。
動けない米国製兵器をかかえてイランは反撃のメドもつかず、革命のち日の浅い革命政府の信頼も揺らぎこのままイラク軍がさらに侵攻してきたらお手上げとなってしまい本気で降伏が議論されだしました。
ところが意外な救世主が現れたのです。イスラエルでした。
ユダヤ教宗教国家でありながら徹底的なマキャバリズムに基づいて政治情報軍事を駆使するイスラエルは敵の敵は味方の理論によりイランに手を貸し、自国を経由して米国製兵器の部品をイランに供与したのです。イランの動けなくなった米国製兵器を甦らす一方でイスラエルはフセインが核兵器製造用にフランスから購入して建設中だった原発をF16戦闘機からなる攻撃部隊を長駆さしむけ爆撃し完全に破壊してしまいました。イラクはイスラエルの航空攻撃に対してまったく無力である事実を突き付けられたフセインはこれで浮き足だち首都防衛にさらなる部隊を割かねばならなくなり対イラン正面は脆弱化しました。またクルド民族も反乱を起こしはじめました。
1981年夏から始まったイラン軍の反撃を受けとめたイラク軍は開戦時とは比較にならない士気阻喪の状態に陥っていました。
イラン軍も合理的に反撃したわけではありません。国軍のコブラも使われましたが政府は子飼いの革命防衛隊に主力を担わせました。武器も貧弱訓練も未熟な革命防衛隊の唯一の長所はイスラム教への狂信でした。イランはこの狂信的革命防衛隊を人海戦術で地雷原や野戦砲陣地にひたすら突っ込ませたのでした。
おびただしい犠牲、あまりに戦死者が多く1000人一まとめで墓標1つというものすごい戦闘によりイランは1982年にフーゼスターン州を奪回することに成功しました。
戦争の初期の目的を完全に喪失したフセインは保身に走り軍事展開を首都防衛最優先にし盛んに国連に和平工作を持ちかけだします。またイラク領内に攻め込んだイラン軍も狂信人海戦術の限界を露呈して莫大な犠牲を払って撃退されます。戦争は完全な膠着状態に陥り、世間の注目はフォークランド紛争やベイルート侵攻、アフガン紛争に奪われて次第に忘れられていきました。
レーガン政権のスキャンダルなどで時々思い出されてまだやってんのか!!と呆れられたこの戦争はまさにイライラ戦争の呼び名にふさわしいものでした。

1988年、ようやく国連の調停で停戦が実現するまでおびただしい血が流れました。しかし停戦の直後からサダム・フセインクウェートに対して逆恨みを募らせていたのでした…。

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嵐333

2012/04/22 11:32

 

333は1979年12月に行われたソ連軍によるアフガニスタン暫定大統領アミーンの逮捕拘束を目的にした軍事作戦のコードネームです。実行したのはアルファ部隊とスペツナズ。目的はムジャヒディンの反乱に対してアフガニスタン軍部への粛清によってその忠誠心を失い統治能力のないアミーンを排除し軍事介入の
実りを早急にあげるため傀儡となりうる親ソ連政権の樹立でした。
特徴としては建前としても共産主義の政権をソ連自らその息の根を止めたという点にあるでしょう。
作戦は順調に進み、同時にアフガニスタン各地に先行した空挺部隊が展開し飛行場を確保し首都に通じる通信網はことごとくソ連軍の手に落ちました。
通信と制空権を確保したソ連軍でしたが輸送は思ったようにはいかず、ソ連の航空及び車両技術の低さから遅延が相次ぎましたが、アフガニスタンにはそもそもソ連軍に対して妨害行動をしうる航空戦力も組織も存在しなかったためソ連軍のレベル1戦力(ソ連軍は最盛期には総勢511万人であったが大半は予備兵力であり積極的運用が可能な攻撃部隊は75万人であった、それをレベル1と呼ぶ)の20%に及ぶ15万人が翌年冬にはアフガニスタンに展開を完了、世にいうアフガニスタン紛争の始まりでした。

そもそもなんでソ連はアフガニスタンに手を出したのでしょうか?。
アフガニスタンはもともと部族国家で国王はいましたが地方はそれぞれの首長の統治にゆだねられており、国王も首長会議で推たいされるため首長を尊重するしかなく全土を掌握した政権はなかったのです。これは多民族国家アフガニスタンの実情を反映したものでこのことはその後のムジャヒディンの抵抗運動が各セクトバラバラに行われたこと、ソ連軍撤退の後にも内戦が延々と続いたことにも関連しています。
アフガニスタンに転機が訪れたのは1973年のムハンマド・ダーウードのクーデターでした。ダーウードは国王の従兄弟でアフガニスタン王国の首相を勤めたこともありましたが国王に解任され巻き返しを狙っており、国王が病気療養のためイタリアに外遊した隙を狙ってクーデターを起こしたのでした。王政を廃止したダーウードの中央集権政策は各地での反発を招き結局ダーウードは殺害され、政権をダーウードからさんだつした革命委員会に選出された暫定大統領がアミーンでした。アフガニスタンは人民共和国を名乗り親ソ連国家に柁を切りました。
宗教弾圧に反発した各地に蜂起したムジャヒディンさらにダーウード殺害に反発する軍部と二重の敵を作ってしまった人民共和国は危機のまっただ中におかれることになりました。
はっきり言って統治能力のない内乱中の国に手を出すのは先行き見えないバクチであったためソ連最高指導者レオニード・ブレジネフは判断を政治局委員会にまるなげし、委員会では特にKGB局長だったアンドロポフが軍事介入に反対し紛糾しました。
反対の理由はどう見ても侵略と国際社会に受け取られるということでしたし、事実そうなってしまいました。
しかしイランイスラム革命の勃発が情勢を変化させました。当時のソ連はタジキスタンウズベキスタンも領土に含んでいました。イスラム革命のそれらイスラム教の影響が強い背景をもつソビエト衛星国家への波及がもたらす危機を想定した場合、アフガニスタンは確保しなければならない防波堤として浮かび上がったのでした。
また共産主義を標榜するアフガニスタン人民共和国に対して第二のベトナム化を恐れたアメリカパキスタンを経由してムジャヒディンへの援助を行っており情勢の変化によってはアフガニスタン人民共和国が打倒される懸念もありました。ムジャヒディンの有り様を冷静に眺めれば統一された反ソビエト国家が出来上がる懸念は10年20年といった単位ではまったくの杞憂としか言えませんが当時のクレムリンはこのように考えたのでした。
ブレジネフはブレジネフドクトリンを発表しアフガニスタンへの軍事介入を決意しました。
1979年12月すでに死んでいた元大統領ダーウードの援助要請に応えるというかたちでソ連軍はアフガニスタンへの国境を越えていったのです。

概観すれば表装的には搾取者である先進国に対抗する第三世界人民の味方、さらには侵略者イスラエルと戦う武器をくれるイスラム教徒の味方というソビエト連邦の金看板を自ら下ろしてしまったわけですから馬鹿すぎる愚かな決断としか言い様がないのです。さらに実際、この軍事介入に加えレーガン政権の大海軍計画とスターウォーズ計画に追随しようとした負債がもとでソビエト連邦は崩壊してしいましたから亡国の決断だったわけですが…当時のソ連は必死だったのです。
その後イランイラク戦争においてもソ連はイラクに対する最大援助国として登場するなどイランイスラム革命に対する封じ込めにどれくらい必死だったのかが追認されます。

このようなアフガニスタンにアルハラムモスク占領事件の後、サウジアラビアを厄介払いされたウサマ・ビンラディンはやってきたのでした。これがまた新たな戦乱の火種になっていきます。

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ビンラディン、アフガンに行く

2012/04/22 00:38

 

ウサマ・ビンラディンは21世紀の今日の世界情勢に多大な影響を与えた人物であることは論を待ちません。最後はパキスタンの潜伏先を捕捉されアメリカ政府に派遣された海軍特殊部隊ネイビーシールズによって射殺されましたが彼が引き起こした911テロを発端として2つも戦争が起こり、さらにはアラブ民主化運動の動乱までその影響はつづくわけですから、多くの人々の人生に甚大な影響を与えたという意味では史上稀に見るテロリストと言えます。ビンラディンはアフガニスタンタリバンに関与し対ソビエトレジスタンスそしてその後のタリバンの恐怖政治に大きく関わっていました。サウジアラビアの人間である彼がどうしてアフガニスタンに行くことになったのか?。
きっかけは1979年の大きな事件でした。
アルハラムモスク占領事件がそれです。
おりしも勃発したルーホッラー・ホメイニ率いるイランイスラム革命はイランシーア派国家であるに関わらずスンナ派のイスラム国家にも多大な影響を与えました。イスラム法シャリーアに基づく国家建設を主張するイスラム原理主義勢力はイランに習って改革路線を政府にやめさせ国王を打倒してサウジアラビアにもイスラム革命を起こそうとしていました。
彼らが標的に選んだのがメッカの中心でありイスラム教徒の最大の聖地アルハラムモスクだったのです。
生涯最低一度のメッカ巡礼を信徒に義務付けたイスラム教世界においてメッカの中心を制圧する行為のインパクトは大変なものですしさらにこのメッカを預かるサウジアラビア王国の権威失墜にここほどクリティカルな場所はありません。
アルハラムモスクの真ん中にある黒い四角形のカーバのまわりをイスラム教徒の巡礼はぐるぐる回りますが埋葬前の死体を載せた輿を担いで回ることもめずらしくはありません。
キリスト教でも臨終に洗礼を施すということを行いますがそれと似たような感じです。
1979年11月20日、ひとつの輿がカーバの周りを回りました。しかし布の覆いをかけられた下には死体の替りに銃火器が入っていたのでした。アルハラムモスク占領を狙うテロリスト200名がそれで武装を完了しモスク要所を制圧にかかりましたが協力を拒んだ聖職者を苛立って射殺した銃声を聞かれてしまい、モスクを完全制圧する前に巡礼の大衆は逃げ出し混乱が広がりました。
テロリストは逃げ遅れた巡礼1000人を人質にしてモスク内部に立てこもりました。
サウジアラビア当局は50000人の治安部隊を動員しましたがアルハラムモスクに対する攻撃を国家宗教組織である聖職者会議が拒み作戦発動まで半日が空転しました。その間にモスク内部にバリケードを築き終えたテロリストに対する攻撃はカーバへの銃撃ができないなど制約をつけられたことなども災いし多大な犠牲を出すのみに終わってしまいました。
さらに困ったことにアルハラムモスクの地下は大小の部屋と廊下が交錯するダンジョンになっておりバリケードに続きこの地下空間にも武器を配置されていまい制圧は困難を極めることになりました。
サウジアラビア政府は苦慮したあげく自力解決能力の限界を越えたことを認めフランスに極秘で援助を求めることにしました。
フランス政府はサウジアラビアの求めに応じて内務省特殊部隊を派遣しました。しかしメッカはイスラム教徒にあらざる者にはタブーの街なのです。異教徒の軍隊をメッカの治安回復に投入したというこの事態はイスラム教の歴史の中でも異例の中の異例です。
簡易入信儀式を施し建前としてイスラム教徒になったフランス特殊部隊は暗闇のダンジョンでナイフを使用した白兵戦で1部屋ずつ奪回するといった方法を用い、事件発生後3週間かかってようやくアルハラムモスクの回復に成功しました。
捕らえられたテロリストはサウジアラビア各地で分散公開処刑されました。
首謀者はジャアハルマーン・ウダイビーという男だったとされていますが詳しいことは明らかにされていません。
事件は制圧されましたがサウジアラビア在住シーア派の反乱が相次いでおこり、イスラム原理主義勢力の影にサウジアラビア政府は怯えなければならなくなってしまいました。
困ったサウジアラビア政府はその後起こったソビエトによるアフガニスタン侵攻を事態解決に利用することにしました。
イスラム原理主義勢力に軍資金を与えて義勇兵としてアフガニスタンに送り出したのです。
多くの原理主義勢力がアフガニスタンに厄介払いにされた中にいた1人がウサマ・ビンラディンでした。

ビンラディン、サウジアラビアの生まれですが生粋のサウジアラビアの人間ではなく父親はイエメンからの移民です。少年時代は貧しい日雇い労働者だったビンラディンの父は建設現場で働きながら仕事を覚えて10年かかって自分の建設会社をつくりました。学なく貧しいビンラディンの父でしたが西洋文物への理解と導入には非常に優れた感性をもち、たちまち会社を大きくしてサウジアラビア王家とも直接仕事を頼まれるほどのコネクションを作り、一代で巨万の富とビンラディン財閥を築きあげました。
ワッハーブ派イスラム教国家サウジアラビアでもっとも開明的な家庭に育った男がコチコチの原理主義になっていったのは非常に皮肉な話に思います。

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キャプテンスカーレット傑作選⑤

2012/04/17 19:06

 

今回は新旧キャプテンスカーレットあわせてもこれはちょっとスゴい!\(^O^)/というエピソードを紹介します。
タイトルはDUEL~月面の決闘~です。
基本的にキャプテンスカーレットは1時間かけてゆったりと描いていたサンダーバードと比較して30分、CMタイムがあるので実質的に25分に無理やり展開の多いプロットを詰め込むだけ詰め込んだエピソードが多くだれずにキビキビと、が作品の特徴でもあるのですがこのエピソードに関しては数々あるキャプテンスカーレットの詰め込み式傑作、モデルスパイ、エクスポ2068、天使の街、コードネームヨーロッパ等々と比較してもさらにスゴいことになっているのが特徴です。

ニューヨーク、ミステロンの息が掛かったマフィアの取引を空中バイクスカイライダーで急襲するキャプテンスカーレットとキャプテンブルー~ヘリコプターとの摩天楼を縫う空中チェイス~高速道路の大追跡~エジプトの砂漠でのバイクアクション~そして月面に舞台は移り、月面探険車どうしの壮絶なミサイルの応酬…とめまぐるしくも気持ち良く、ダイナミックなアクションが展開するスリリングな雄編となっています。しかしこれだけアクション詰め込んでもカサカサ殺伐なテイストにならず、ユーモアやロマンスもまったく忘れられていません。

また、別に設定を説明するエピソードでも決着がつくエピソードでもないので純粋にキャプテンスカーレットの緊張感溢れる醍醐味を楽しむことができます。

ただこのエピソード、エンジェルインターセプターとSPV、二大お馴染みレギュラーメカは登場しませんのであらかじめご了承ください。
では、新キャプテンスカーレットの傑作、月面の決闘をお楽しみください(^-^)。
アドレスはコメ欄に…(´∀`)。

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キャプテンスカーレット傑作選④

2012/04/12 12:52

 

極めて不幸な出来事がありました…YouTubeで無料公開されていたキャプテンスカーレット(原題 CAPTAIN SCARLET AND THE MYSTERONS)が見れなくなってしまいました!!(;´∩`)。
ああこれでブログで紹介しても実際の動画を皆さんに見ていただけない…でも!「新」があるさ!\(^O^)/。ということで気を取り直して新キャプテンスカーレットへ参りましょう!\(^O^)/。

1967年に制作された特撮人形劇キャプテンスカーレットはプロデューサージェリー・アンダーソン(代表作はサンダーバード、海底大戦争スティングレイ、ジョー90他)の手により2006年にセリフリメイクされて蘇りました。
フルCG作品となって装いも新たに…とはいってもコスチュームも人物設定も変わってませんが…登場したキャプテンスカーレットはCGならではの立体的でスピード感溢れるテイストでこれはこれで非常に面白く私は大好きです。
オリジナルと比べた主な変更点は先にエントリーしましたキャプテンスカーレット傑作選②においてある程度書きましたがさらに細かい点をあげますと…。

すごくなまっていたディスティニーエンジェルが普通の英語を話す。
スペクトラム司令官ホワイト大佐とミステロンの声は旧作では同じ人が声を出していた(ちなみにサンダーバードではサンダーバード4号のパイロットゴードン・トレーシーとエンジニアのブレインズが同じ声優である)のですが別々になっている。
キャプテンスカーレットの低いゲイリー・グラント調の声がテノールになっている。
キャプテンブルーのシャープな顔がオッサンくさくなっている。
等々があげられます。

新キャプテンスカーレットは全部で26話あり、相当な傑作エピソードが存在するのでできれば全部見たいところですがここはやはり時間のない人にあわせて最終回に行ってみましょう。
最終回、旧作キャプテンスカーレットには明確な最終回はありませんでした。
しかし新キャプテンスカーレットには最終回が存在します。
ミステロンとは何なのか?!?!。人知を超えた見えざる強敵の中心部に挑む不死身の男、地球の運命やいかに!なのりです。

最終回ドミニオン~守護天使~
ストーリー:
シベリアの雪原でキャプテンブラックに乗っ取られたロシア軍の地上戦艦ともいうべき巨大戦車ズルズニック。目指す破壊目標はロシア軍核兵器管理施設。ディスティニーエンジェル率いるエンジェルインターセプターはズルズニックと壮絶な死闘を展開するが阻止できない。核兵器管理施設に迫るズルズニック。しかしキャプテンスカーレットとキャプテンブルーが乗るもう一台のズルズニックが出現。施設を火線にとらえた敵ズルズニックに対して全火力を浴びせる。
大破沈黙した敵ズルズニックから引きずり出されるキャプテンブラックの死体。それはスカイベースに移送されるが手術室で蘇生。生き返ったブラックはスペクトラムの隊員に取り囲まれるが抵抗せず、なんと自分はもうミステロンの支配から自由でありミステロンのパワーソースを知っていると主張するのだった。
もしそれが真実ならこの戦争を終わらせることができる…キャプテンスカーレットはブラックと火星に赴くことを願うがホワイト大佐は生還期しがたく許可できないと提案を拒絶。
しかしキャプテンスカーレットは諦めきれずブラックを連れてスカイベースを脱走する。キャプテンブルーの追跡を振り切りシャトル発射基地までたどり着くキャプテンスカーレット。ここに至りついにホワイト大佐は彼らを行かせる決断を下す。
発端と同じ2人でキャプテンスカーレットは運命の地へ向かう。
果たして彼を待っているものは…。


YouTubeのアドレスをコメント欄にはりつけます。
興味のある方はぜひキャプテンスカーレットのクライマックスを目撃してください(o^∀^o)。

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キャプテンスカーレット傑作選③

2012/04/12 09:50

 

キャプテンスカーレットは秋から春にかけて放送された作品なこともあって結構雪の出てくるエピソードが多い気がします。
今回ご紹介するのはその典型で原題はNOOSE OF ICE、氷の締め縄ですね。ジワジワ迫る崩壊の恐怖に立ち向かうエピソードです。
舞台は北極の氷を溶かして海水状態にした巨大採掘施設、ここで火星のミステロンに対する攻撃が可能な惑星間ミサイルの材料に使われるレアメタルが採掘されているのですが、その送電装置がミステロンによって停止させられてしまい、たちまち氷に戻った海水が巨大な質量を伴って施設にのしかかってきます。
ギシギシきしむ鋼鉄の塔と動く氷塊、動くわけがない巨大物体が揺らぐ特撮描写が実に秀逸です。
プロット的には実は比較的序盤のエピソード、スペクトラムの逆襲と同じで危機のまっただ中に取り残されたキャプテンブルーと被害者を1人脱出したキャプテンスカーレットが救うというパターンですがスペクトラムの逆襲が偽装ハンティングロッジのエレベーターが頭上に降りてきて下の人間を押しつぶしにかかるのに対して、本エピソードでは数百メートルの巨塔に迫る氷山ですからスケールは数千倍です(^-^)。
またこのエピソードはかなり後半のエピソードなので第6話オペレーションタイムで明らかにされた「ミステロンは高圧電流で死ぬ」という設定が生かされています。
反面、翼ある暗殺者や捜索し破壊せよ!で発揮されたキャプテンスカーレットのミステロンの接近を感知する第六感がまったく働かない、隣にいても気付かない!!、という設定の混乱もあり笑えます。
まあキャプテンスカーレットの第六感、なにやら調子の良し悪しによりかなり効果が左右されるようで無人戦車ユニトロンでもなんとミステロンの手先の複製人間がSPVの隣の席に乗っていても気付かない!というのもありましたね\(^O^)/。

ストーリー:
火星のミステロンを攻撃可能な新型惑星間宇宙船計画に使用されるレアメタルを採掘する北極の施設。それは氷をヒーターで溶かしつづけ海水の状態を維持させる巨大採掘装置だった。ミステロンのテロを防ぐため訪れたキャプテンスカーレットとキャプテンブルーだったがミステロンの工作員は送電施設を停止させ採掘施設の壊滅を狙う。凍結する巨大な氷がのしかかってくる中、水中を通って脱出したキャプテンスカーレットは送電施設でミステロン工作員と対決する。


なんといってものしかかる氷塊に崩壊寸前の吊橋をSPVで突破するシーンの緊張感がたまりません(o^∀^o)。
御覧になりたい方はこちらをどうぞ!…なんと!YouTubeのリンクが消えている!!!Σ( ̄□ ̄;)。

すいませんがDVDがあと半年くらいで出るでしょうから買ってあげてください…(;´∩`)。

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キャプテンスカーレット傑作選②

2012/04/08 13:50

 

キャプテンスカーレットは人類の敵ミステロンと遭遇して「不死身~indestractible」になってしまった主人公です。この死んでも死なないという特殊能力をもって地球防衛組織スペクトラムの先頭に立って見えざる敵ミステロンに立ち向かっていくわけです。
第一話ミステロンズ(邦題キャプテンスカーレット誕生)において彼が不死身になる過程が描かれますがあまりに説明調、しかも不死身になるプロセスでキャプテンスカーレットは一旦ミステロンのロボットにされてしまい、毎度登場する他のゲストテロリストキャラとまったく同じに振る舞うので第一話だけ見た印象では彼が主人公だと認め難く単なる被害者の1人または悪役に見えてしまう、さらにストーリー的に爽快感も昂揚感もなく…つまり全然おもしろくありません。
後に名作と認められた作品の中で断然ぶっちぎりで第一話がつまらない、キャプテンスカーレットはそういう希有な作品です。
やはり未曾有のこの難解設定を定着させるために相当な苦労があったようですが、すでにこの作品が歴史となり消化されたのち再びキャプテンスカーレットは不死身になるプロセスを歩むことになりました。
2006年、原作者ジェリー・アンダーソン自らの手によって甦った新キャプテンスカーレットがそれです。
この新キャプテンスカーレット、リメイクなのですが基本テーマテイストデザインを踏まえた上で大胆にオリジナルをいじり、ことキャプテンスカーレットのアイデンティティーに関してはオリジナルよりはるかにドラマチックになっています。
この第一話ならすごく面白いっ!といえます。

新キャプテンスカーレット概要。
人形劇ではなくCGアニメーションである。
リューテナントグリーンが女性キャラに変更。
基地の名前がクラウドベースではなく日本語吹き替え版の名称スカイベースである。
エンジェルインターセプターにSPVとお馴染みメカを現代にあわせて強烈にカッコよくリファインしたのに加えSPVをスカイベースから直接空輸する垂直離着陸輸送機アルバトロスやグライダー兼戦闘バイクスタリオンなどなど魅力的な新登場メカを追加。
リメイクとはいいつつオリジナルをそのままリメイクしたエピソードはなくセカンドシーズンを見るように新鮮に楽しめる。
未完に終わったオリジナルに対してかなり突っ込んだ最終回が存在する。
等々の変更点があります。そしてなんといってもよくやった!と言ってあげたくなるのがキャプテンスカーレットとミステロンの手先キャプテンブラックの関係が大胆にリファインされている点です。彼らはスペクトラムにおいて技量伯仲の認めあったライバルでありかつ親友である、しかし1人の女性をめぐっては一旦キャプテンブラックが勝ちそれに対してキャプテンスカーレットは秘めた嫉妬を抱いている…そんな2人は2人で火星に赴きそこでミステロンと遭遇する…そしてミステロンの支配から逃れ人類を守る戦士として復活したキャプテンスカーレットはミステロンの手先でありつづけるキャプテンブラックと対決する…オリジナルではほとんど直接口をきくことがなかったこの正悪二大キャラを同じ時同じ場所において運命が別たれた光と闇の関係さらには女性を挟んだ宿敵関係にもっていったことで新キャプテンスカーレットはオリジナルをはるかに超えてスリリングなドラマを獲得しています。

つけ加えれば、どんなダイナミックなプロットも無理やり30分に詰め込んだオリジナルに対して前編後編に分かれたエピソードが存在する。必ずラジオを通してテロを予告してくるミステロンがそのような予告行為をしない、などの違いも存在します。

さて、よりスリリングによりドラマチックにリファインされた誕生編「破壊の道具」前編後編をお楽しみください。

http://www.youtube.com/watch?v=X3JBnRh8OCc&sns=em

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キャプテンスカーレット 傑作選①

2012/04/07 12:19

 

ジェリー・アンダーソンの特撮人形劇キャプテンスカーレット。まあアンダーソン作品といえば世間一般ではサンダーバードなのでしょうがコアにはまってしまったファンにはやはり、キャプテンスカーレットです。キャプテンスカーレットの魅力といいますとやはりシビアでシリアスな緊張感溢れるテイストとストーリー展開でしょう。必ず大団円とはならないのです。そのため子供には欲求不満な作品でしょうが大人になるとすごく面白い!わけです。容易に決着をつけることが不可能な強大な敵に恐れることなく諦めることなく対峙し続ける…というのがキャプテンスカーレットの基本です。私はこの点が一番気に入っているところです。人の世がそうであるようにキャプテンスカーレットの世界も厳しく冷酷です。それでも敗北や試練を乗り越えて立ち上がりつづける主人公キャプテンスカーレットとスペクトラムですから拍手を送りたくなります。
まあ魅力について付け加えるなら、30分ものなのでドラマのプロットが非常に凝縮されていてキビキビしている、またなんといっても追跡戦闘車やエンジェルインターセプターなど登場メカがカッコいいというのもあります。
さて、このキャプテンスカーレットで特に私的にイチオシしたい傑作エピソードを紹介していきたいと思います。

恐怖の影
邦題はミニ衛星を飛ばせ!になってますがなんとも…。恐怖とはエピソードの舞台となる火星の衛星フォボス(用語としては月、だが実際の大きさは隕石程度)、ギリシャ語でフォボス=恐怖、と火星を支配し人類に恐怖の影を落としているミステロンをかけたなんとも弦妙なタイトルです。
キャプテンスカーレットの中では翼のある刺客、地獄の業火などに並ぶビターエンドエピソードの典型ですがキャプテンスカーレットが好きなら好きになれる要素満載。また人工知能を搭載した超遠距離探査衛星を飛ばす話ですので現在のはやぶさあかつきを先取りしたリアルな描写と設定には唸るものがあります。特に圧巻なのはクライマックスの爆破崩落シーンでして後にスーパーマン、バットマンなどで腕を振るった特撮監督デレク・メディングスの名人芸が冴え渡ります。また他の細かい点としましてはエンジェルインターセプターの珍しい着艦シーン、アンバールームのくつろいだ待機シーン、夜間発進シーンがあります。

ストーリー:火星から地球人類に対するテロを繰り返す見えざる敵ミステロン。その実態を探るためスペクトラムは無人衛星による火星探査を実行する。火星に接近する探査衛星だったが画像送信直前にミステロンにより爆破されてしまう。しかしそれはブラフだった。ステルス状態で追随した2号機は一切のアクティブセンサーを使用しないままフォボスに着陸、フォボスの火星周回を利用して地表のミステロン都市の撮影を敢行しようとする。このソード作戦の実行基地であるヒマラヤ山中のポイントK14を護衛するためスペクトラム本部を兼ねる空中空母クラウドベースは水平ジェットに点火して飛来、直援体制をとる。
不眠不休で計画を推進する基地のスタッフたち。キャプテンスカーレットはキャプテンブルーと基地を直接護衛するが、計画主任グレッグ教授が眠れない待機時間に火星に対して光学観測を行った隙にミステロンは彼の視覚に対する眩惑作用を起こさせ殺害複製して破壊工作員にしたてる。
フォボスが観測位置にあと数分で回り込もうとしたとき、グレッグ教授にキャプテンスカーレットとキャプテンブルーは基地の外に誘き出され激しい銃撃戦の末にグレッグ教授を倒すが、基地の巨大アンテナの基部にはすでに高性能爆薬が仕掛けられていた…。警告と避難誘導に急いで向かうキャプテンスカーレットだったがゼロアワーに至り微調整のためアンテナが向きを変えようとした時、爆薬が点火する。大爆発がK14基地を跡形もなく吹き飛ばしていく…むなしく終わるソード作戦だったがスペクトラム司令官ホワイト大佐は、「どんな困難があろうとも我々のスケジュールに変更はない…。」とスペクトラムのきょうじを語るのだった…。

恐怖の影は現在、その前のエピソードスペクトラムの逆襲及びサンダーバード公爵婦人の危機とセットでDVDが発売中です。
YouTubeで御覧になる方はこちらへ(^-^)。


http://www.youtube.com/watch?v=1KF_f0wl1M0&sns=em

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